top of page

先頭に立つイエス

立ちなさい。さあ行こう。

マルコ14:42

1.どこに行けばいいのか
 弟子たちがいかに弱い者であるか・・・それは私たちの弱さでもある訳ですが、しかし弱い弟子たちを率いて、いつも先頭に立って行かれる強いイエス様の姿。十字架に架かられる前日、「最後の晩餐」をしようとされたのですが、場所が必要です。でも弟子たちには、どこで食事すればいいか分かりません。けれどもイエス様にはちゃんと計画があり、全部備えられていました。私たちは明日の事が分かりません。どこに行けばいいのか?どうやって生きていけばいいのか?けれども、イエス様は全てご存知なのです!という事は、全てイエス様の言われる通りしていけばいいのです。これはスゴク安心な人生ではないでしょうか。


2.私たちの弱さをご存知
 次にイエス様は、「あなたがたはみな、つまずきます」と予告されました。弟子たちは「そんな事、絶対ありません。どこまでもついて行きます」と言いました。でも気持ちはあっても、実際には出来ないのです・・・それを実行する意志の強さも勇気も無い。人にも弱い、誘惑にも弱い。それが人間の弱さじゃないでしょうか。弟子たちは自分の弱さをまだよく知らなかった。過信していた。けれどもイエス様はよくご存知でした。イエス様は、私たちの弱さもよく知っておられるのです。でも28節にこうあります、「わたしはよみがえった後、あながたより先にガリラヤに行きます」と。「先に行く」って事は「後から来なさい」という事です。


3.さあ、行こう!
 次にゲッセマネの場面です。十字架に向かう最後の覚悟を決める重要な祈りです。イエス様は3人の弟子に「目を覚まして祈っていなさい」と言われました。ところが、ひと時も目を覚まして祈る事が出来ないのです。けれども、弟子たちが眠りの誘惑に勝てずにいる時も、イエス様は血の汗を流して祈られ、そして十字架に向かい、先頭に立って進んで行かれるのです!「立ちなさい。さあ、行こう!」クリスチャンになるという事は、立派な人間になるとか、強い人間になる事ではありません。人間はどこまでも本当に弱いものです。けれども、イエス様は強い!誘惑に負ける事なく、悪魔に負ける事なく、死んでも甦られた!そのイエス様がいつも信仰生活の先頭に立って進んで下さる!自分の弱さや罪深さを認め、弱いがゆえにイエス様にすがって生きていく、それがクリスチャンの歩みなのです!

bottom of page