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​今週の礼拝メッセージ

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2026.4.19
00:00 / 42:43

「あきらめずに」

2026.4.19 土屋開夫師

聖句:“失望せずに善を行いましょう。 あきらめずに続ければ、 時が来て刈り取ることになります。” (ガラテヤ 6:9)

1.神の時
 ガラテヤ6:9(口語訳)「私たちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。」とありますが、人間はうみ疲れてしまうんですね。自分が願った通りの結実がスグ見えて来ないと、心も体も疲れる。それでも信仰と気力を振り絞りながら、祈りと働きを続けておりますと、諦めかけた頃に、芽を出したり、息を吹き返したり、動き出したりする。神様のご計画というのは、いかに人の思いを越えている事か。なおかつ自然で、確実で、そして先の先まで見通しておられ、そして万事が益である事だろうか。伝道の書3:11(口語)「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終わりまで見きわめることはできない。」とある通りです。

2.私たちに出来る事
 一人の人の救いにしても、また信仰の成長という事にしてもそうです。人の心は人間の力や思いで動くものではありません。神様が動かされるのです。では人間の、私たちの役割は何でしょうか。お百姓さんは畑を耕す事が出来る。種を蒔く事も出来る。水をやる事、肥料をやる事も出来る。けれども、その後は出来ない。芽を出させ、花を咲かせ、実を結ばせる。それは神様にしか出来ない事です。「成長させるのは神である」。けれども、もう一つお百姓さんに出来る事がある。それは、刈り取る事です!9節、「あきらめずに続ければ・・・」。気落ちする事なく、主のため、教会のため、誰かのための働きをし続けるならば、「時」が来れば刈り取る、のです。

3.主のわざに
 Iコリント15:58、“私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。”主の前に善いことを行っているなら、決してそれは無駄になっていない。神様の計画されている「時」が来るなら、見事その収穫に共に与かる事が出来るのです!

聖書

2024年 鎌倉深沢教会聖句

 

見よ、わたしはすぐに来る。

(ヨハネの黙示録 22章7節)

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