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​今週の礼拝メッセージ

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2026.11.1
00:00 / 57:08

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「主にあって死ぬ者は幸い」

2026.11.1 土屋開夫師

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聖句:「今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである」・・・「その人たちは、その労苦から解き放たれて安らぐことができる。彼らの行いが、彼らとともについて行くからである。(黙示録14:13)

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1.なぜ幸いなのか
 今日は召天者記念礼拝ですので、先に天に帰られた方々の写真を並べています。今まで私も、たくさんの人を牧師として天に見送って参りましたけれども、やはり自分の親を天に送るというのは、何とも言葉にしがたい思いがします。そんな中で、今回、この御言が心に浮かびました。ヨハネの黙示録14:13、“書き記せ、「今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである」と。・・・”クリスチャンでない方がこの言葉を読んだら、不思議に思うかも知れません。その理由が書いてあります。“その人たちは、その労苦から解き放たれて、安らぐことができる。”誰でも「人生を最後まで生きる」という事は、本当に精神的にも、肉体的にも、多くの労苦がある。けれども、「主にあって死ぬ」という事は、「主イエス様が、天国に迎えてくださる!ゴールでイエス様が待っていて「よくがんばった!労苦の多い人生を、よく信仰をもって完走した!おめでとう!」と、迎えてくださる。

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2.解放、安息、報い
 そして幸いな理由が、もう一つ書かれています。“彼らの行いが、彼らとともについて行くからである。”つまり、地上で生きている間に、主にあってした良い行い、愛の行い、それをイエス様は全部ご存じで、その行いに報いてくださる!「救い」っていうのは恵みです。行いは関係ない。イエス様を信じればいい。けれども「報い」はご褒美みたいなもので、言わば「よくがんばったで賞」です。そういうこの世での行い、家族を愛し、親族を愛し、教会の人を愛し、色んな人を愛した、そういう行いが、彼らとともについて行く。マタイ25:31~40、“「まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。”

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3.主にある死者は幸い
 イエス様の元で、全き安息を与えられ、イエス様から、豊かなご褒美をもらえる!罪は赦される。だから“主にあって死ぬもの(死者)は幸い”なのです!

聖書

2024年 鎌倉深沢教会聖句

 

見よ、わたしはすぐに来る。

(ヨハネの黙示録 22章7節)

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