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​今週の礼拝メッセージ

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2025.7.6
00:00 / 1:08:34

「苦しみの特権」

2025.7.6 土屋開夫師

聖句:“むしろキリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、 キリストの栄光が現れる際に、よろこびにあふれるためである。”(4:13 口語)

1.三種類の苦しみ

 この手紙は、苦しみの中のクリスチャンに希望を持つように書かれた手紙です。 「苦しみ」には、大きく分けて三種類あると思います。 ①一つは「一般的な苦しみ」と言いますか、全ての人に、神様が何らかの形で与え られる苦しみ。それは病気のような体の苦しみ、また何かを失うような心の悲しみ。 それによって大事な何かを教えようとされる。詩篇119:71“苦しみにあったこと は、私に良い事です。これによって私はあなたのおきてを学ぶことができました。” ②.二つ目は「罪による苦しみ」。自業自得。15 節口語“あなたがたのうち、誰も、 人殺し、盗人、悪を行う者、あるいは、他人に干渉する者として苦しみに会うこと のないようにしなさい。” 自業自得でも苦しみが与えられる事はありがたいかも 知れません。なぜならその苦しみを通して、心から悔い改めさせよう、二度と同じ 過ちを犯さないようにと願っておられるなら、それも神の愛から出ているのです。 ③.三つ目、それは「キリストにある苦しみ」「クリスチャンとしての苦しみ」。 12、13 節、“むしろ、キリストの苦難にあずかればあずかるほど、いっそう喜びな さい。キリストの栄光が現れるときにも、歓喜にあふれて喜ぶためです。” 苦しみなのに、喜べ、と。それくらい「キリストにある苦しみ」というのは特権 なのだ、と。14 節。 山上の説教でも“喜び、よろこべ”とか“喜びおどれ。見よ、 天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから”と言われています。

 

 

2.イエス様と共に

 では、そんなに特別な特権であるという、そのクリスチャンとしての苦しみを、 果たして私たちはどれくらい味わっただろうか? 他の苦しみは味わったかも 知れない。 でもイエス様の言葉に従おうとして、辛いけれども、でも私を救って 下さった愛に応えて、自分の十字架を背負って、イエス様と共に、悩みや悲しみや 苦労の一端を味わったという事が、どれ程あるだろうか? 私たちに苦しみが与えられるなら、それは私たちをきよめ、整え、大いなる特権 に与らせようという、イエス様の恵みです。 苦しい時には、実は、助けと支えも 特別に与えられます。19 節。苦しみをイエス様と一緒に受止めていきましょう!

聖書

2024年 鎌倉深沢教会聖句

 

見よ、わたしはすぐに来る。

(ヨハネの黙示録 22章7節)

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