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​今週の礼拝メッセージ

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2026.5.3
00:00 / 50:09

「民の堕落と 神の憐れみ」

2026.5.3 土屋開夫師

聖句:“そのとき、主はさばきづかさを起こして、略奪する者の手から彼らを救われた。” (士師記2:16)

1.堕落と憐れみ
 今日からしばらく、士師記を開きます。士師記はヨシュア記の後のお話です。歴史を振り返りますと、イスラエルの民は400年もの間、エジプトで奴隷になっていた訳ですけれども、モーセに導かれて脱出し、40年の荒野の旅をしました。そして後継者ヨシュアをリーダーに、信仰によってカナンの地を勝ち取りました。けれども人間やはり、勝利や成功の後に、堕落しやすいのかも知れません。それでも、神様はそんなイスラエルの民を見捨てない、というのが士師記の物語です。

2.妥協、中途半端
 1:1「ヨシュアの死後・・・」まだ征服していない地域が、結構いっぱい残っている。どの部族も自分たちに割り当てられた地域を完全には征服しない。不信仰で、敵を恐れて追い出せないという面もあるし、もう一つは、生かしておいて奴隷として、労働力として使った方がいいじゃないかと言って、追い出さなかった。つまり、一言で言うと「妥協」。あるいは「中途半端」。神様は、敵を完全に追い出しなさい、また滅ぼしなさい、と命令された。なぜなら完全に占領しないと彼らの偶像礼拝をはじめとする罪が、聖なる民のあなたがたに入ってきてしまう!ところが彼らは不信仰、不従順で「彼らを完全に追い払うことはしなかった。」私たちでもそうではないでしょうか。イエス様の願いは、私たちが完全に罪に勝利する事。ところが私たちは、罪と妥協するのです。その事を主は指摘される。2:1~4。ヨシュアの後、世代交代した時、途端に堕落した。2:7~15.

3.見捨てない主
 けれども、神様はご自分の民を見捨てません!16節、“そのとき、主はさばきづかさを起こして、略奪する者の手から彼らを救われた。”救いのためのリーダー、神のしもべを、主は彼らのピンチの時に送って下さったのです。教会の歴史を見ても、今もその時代、時代に、士師のような信仰の勇者を送ってくださる。例えば、マルチン・ルター、バックストン、マザー・テレサ、本田弘慈先生など、他にもたくさんおられるでしょう。つまり神様は、イエス様は、神の民を、教会を見捨てない、という事です!本当に堕落しやすい、罪をなかなか完全に追い出せない、そんな私たちを憐れまれる、救いの主に感謝しましょう!

聖書

2024年 鎌倉深沢教会聖句

 

見よ、わたしはすぐに来る。

(ヨハネの黙示録 22章7節)

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