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​今週の礼拝メッセージ

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2026.5.17
00:00 / 59:57

「信仰は戦い」

2026.5.17 土屋開夫師

聖句:“イスラエルの次世代の者、特にまだ戦いを知らない者たちに、戦いを教え、知らせるためであった。” (士師記3:2)

1.戦いを知らない世代
 士師記のテーマを一言で言うなら、「迷いやすい民と、神の救い」です。カナンの地を獲得したヨシュア記の、後の物語です。今日の箇所には驚くべきことが書いてあります。神様はあえてカナンの先住民、敵の全てを滅ぼさないで、わざと残しておいた、と言うのです。その理由は、3:1~2、“主がそうされたのは、カナンでの戦いを全く知らないすべてのイスラエルを試みるためであり、ただ、イスラエルの次世代の者、特にまだ戦いを知らない者たちに、戦いを教え、知らせるためであった。”

2.信仰は戦い
 新約時代の私たちクリスチャンは、人間相手の戦争をしてはいけない訳ですけれども、正しい信仰を持ち続ける、信仰をもって生きるというのは「信仰の戦い」です。では「敵」は誰かと言うと、この世の悪であり、悪魔です。ヨシュア記の戦いの時代から時が流れた。戦いを知らない子どもの代になった。ヨシュア記を見るなら、神様によるスゴイ奇跡によって勝利してきた訳です。そういう信仰による戦いの勝利の経験を今の世代はしていない、経験していない、という訳です。クリスチャンとして、「信仰の戦い」は経験しなければならない。今、クリスチャンになる人も減っている。牧師の数も、献身しようとする人の数も減っている、教会も閉鎖したり、合併したり、兼牧になったり。なぜだろうか?この士師記の言葉で言うなら、「信仰の戦いを知らない」からかも知れない。かつての先輩方の様な「信仰の戦い」を、知らない世代になったからかも知れない。果たして、信仰のために戦う、という事をしているだろうか?

3.まことの士師
 神様はあえて敵を残しておいた。戦うことを知るために!3~4節、“これは、彼らによってイスラエルを試み、主がモーセを通して先祖たちに命じた命令に、イスラエルが聞き従うかどうかを知るためであった。”「信仰は戦い」です。悪との戦い、悪魔との戦い。でも確かに私たちだけでは弱い。けれども真の士師、真の救い主、無敵の将軍がおられる!それがイエス様です!イエス様と一緒なら、勝利できるのです!

聖書

2024年 鎌倉深沢教会聖句

 

見よ、わたしはすぐに来る。

(ヨハネの黙示録 22章7節)

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