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​今週の礼拝メッセージ

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2026.10.25
00:00 / 47:46

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「イエスに希望を持つ」

2026.10.25 土屋開夫師

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聖句:“イエスは彼に言われた。「起きて床を取り上げ、歩きなさい」。すると、すぐにその人は治って、床を取り上げて歩き出した。” (ヨハネ5:8~9)

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1.かすかな希望
 皆さん、何か長い間、待ち望んでいる事がありますか?しかもあまりにも長い間、待ち続けているので、もう待ちくたびれて、殆ど諦めかけているという事が。神殿の近くにベテスタの池という四角い池があり、その廊下に、病人がギッシリ横たわっていました。「癒しの言い伝え」をあてにしていたからでした。“そこに38年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。”5節(口語)。最初はまだ希望があったでしょう。「きっとそのうち治るだろう・・・」ところが1年、2年・・・10年、20年たっても、いっこうに良くならない。失望は重くなっていたでしょう。でも、この場所にいたという事は、まだかすかな希望をもっていた。

2.願いは何か
 常識的に考えて「不可能だ、無理だ」という状況にあるにも関わらず、もし人がなお希望をもっているとするならば、それは、人間を超えた何かに期待している、という事ではないでしょうか。この人もかなり失望していたでしょうけれども、なお希望を捨て切れなかった!何かを待っていた!そんな、この人がイエス様と出会った。6節。“イエスは彼が横になっているのを見て、すでに長い間そうしていることを知ると、彼に言われた。「良くなりたいか。」”その人の思いを、願いを吐き出させる。この人は、人にも期待していました。でも、池に入れてくれる人はいなかった。けれども、イエス様が言葉を下さった!人に期待しても無理な事でも、人の力では届かない事でも、何十年待ってもダメだった事でも、イエス様の言葉で命令してもらったら、その通りになる!不可能と思っていた、あきらめかけていた事でも言葉の通りになる!8、9節。

3.希望を捨てない
 それにしても38年は長い。でも、しばしばそうです。本当に待たされて、待ちくたびれて、もうダメだ、もう疲れた、もう希望も信仰も殆ど残ってない、という頃に、イエス様の救いの御手が差し伸べられるのです!皆さんにも諦めかけているような切実な願いがあるかも知れません。けれども、イエス様に期待しましょう!イエス様はあなたの悩みをちゃんと知っています。

聖書

2024年 鎌倉深沢教会聖句

 

見よ、わたしはすぐに来る。

(ヨハネの黙示録 22章7節)

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