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半肉半霊

「あなたがたの兄弟たちは戦いに行くのに、あなたがたはここにとどまるというのか。」

民数記32:6

1.一致の必要な時に
 民数記もひとまず最後です。イスラエルの民は40年の荒野の旅を終え、今度こそ、約束のカナンの地に入ろうとしていました。そういう意味では非常に大事な時。皆の心が一つにならなければならない。過去の失敗を絶対繰り返してはならない。ところが、そういう大事な時に、皆の士気を挫くような、一致を乱すような事を言いだす一部の者たちがおりました。それは、ルベン族とガド族でした。彼らは非常に多くの家畜を持っていました。彼らは色々計算したのでしょう、「狭いカナンの地を12部族で分けるより、既に戦いで勝ち取った、川の手前のこの豊かな土地を確保しよう。次の戦いで勝てる保証もないし・・・。ここで家畜を養おう!」と。そんな自分勝手な思い。神様が与えると言ってるんだから、進んで行けばちゃんと手に入るし、安全だし、手前の場所よりもっと素晴らしいに決まっているのに、「いいえ、私たちはヨルダン川は渡りたくありません。その手前で結構です」と。


2.半肉半霊
 神様の御心を第一にせず、自分の思いを優先し、自分の生活や財産を第一にする。神様の事は2番目。神様にとことん従っていく「信仰」も「愛」も「献身」もない。といって、全く神様から離れたくはない。だから、カナンの地の隣りに住みたい。また後ろめたいながらも、見捨てられたくはない。だから「戦いには私たちも参加させてもらいます、でも財産と家族はこっちに確保しておきます」と。「半肉半霊」とはそういう事です。信仰が全く無い訳ではない。半分霊的。けれども同じくらい半分肉的、この世的。心の半分は神の国を思っているけれども、あと半分はこの世のこと、世の宝のこと、世の生活を思って心が捕らわれている!だから、いつまで経っても中途半端なクリスチャン。突き抜けない信仰です。


3.神の国と神の義をまず
 イエス様は見事に言われました、マタイ6:19~24、「自分のために、地上に宝を蓄えるのはやめなさい。・・・あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。・・・だれも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは神と富とに仕えることはできません。」「まず神の国と神の義を求めなさい。」

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