イエスの招き
イエスは出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留められた。そして「わたしについて来なさい」と言われた。するとレビは、すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った。
ルカ27~28
1.取税人レビ
今日の場面ではレビ(別名マタイ)がイエス様の弟子になる訳ですけども、驚く事にはその決断があまりにも早いのです。イエス様はレビを見て「わたしについて来なさい」と言われただけ。それでレビは全てを捨ててイエス様に従った!でも案外こういう事は、私たちでもあるんじゃないでしょうか。理屈じゃない、出会ってしまうべきものに出会ったら、「私がずっと探していたものはこれだ!」と、魂が瞬間的に分かる、という事が。きっと神様が教えられるのでしょう。
2.レビの思い
レビの気持ちをもう少し想像しますと、取税人という仕事は儲かるけれども同じユダヤ人から憎まれました。というのは、支配されているローマに税金を払わないといけない。取税人はそのローマに雇われて同じユダヤ人から税金を集める訳ですから嫌われていました。それを承知の上で、金のために取税人になったのです。けれどもその心はどうだったでしょう?そんな人生に満足していただろうか?日々、どうしようもない空しさを感じていたでしょう。「俺はこんな人生を生きるために生まれたのか?俺の本当の生きる道がある筈だ。それは一体、何だ?」と。
3.イエスの招き
そんなレビの前に、イエス様が現われた!“レビという名の取税人が収税所にすわっているのを見て・・・”古いイエス様の映画では、この「見て」という部分を描いていました。イエス様が黙って澄んだ瞳でじっとレビの事を見つめるのです。するとレビは、自分の全てをイエス様に見透かされているのが分かる訳です。思わずレビは、たじたじっとなりながらも、それだけじゃない。イエス様の眼差しは、とても温かい愛のまなざしでした。今までそんな温かい目で人から見られた事なんて無かった。そして、この方に人生を任せて大丈夫だと思う、そういう眼差しでした。レビには分かった「私はこの方を待っていた!私は呼ばれるのを待っていた!」だから迷わない、“すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った。”イエス様はレビだけを招いてるのではありません。皆さん一人一人に対して、“「わたしに従ってきなさい」”と招かれているのです!
