何を人生の土台とするのか
その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、家を建てた人に似ています。洪水になり、川の水がその家に押し寄せても、しっかり建てられていたので、びくともしませんでした。
ルカ6:48
1.大嵐の時代
今日の箇所には、洪水の例えが出てきます。最近はあちこちで洪水が起きます。ですから今日のみ言葉が非常に生々しく感じます。私たちは、平和で穏やかな生活がずっと続く事を願います。しかし、突然に天地がひっくり返るような嵐が、一人一人の人生に起きる事があるのです。
2.確かな土台
だからこそ、人生の確かな土台が必要です。土台の無い人生は、“(みことばを)聞いても行わない人は、土台なしで地面に家を建てた人に似ています。川の水が押し寄せると、家はすぐに倒れてしまい、その壊れ方はひどいものでした。”今日、改めてご一緒に考えてみましょう。皆さんは、何を人生の土台としているでしょうか?勿論、クリスチャンに聞けば「私の人生の土台はイエス・キリストです」また「聖書です」、そういう模範解答が返ってくるでしょう。けれども、それは本当に自分で考えて辿り着いた答えですか?言葉だけの模範解答ではなく、本当に、イエス様を人生の土台と思っていますか?聖書の言葉を自分の人生の土台とするというのは、実はそんなに簡単な作業ではありません。テントや仮設住宅ならスグ建つでしょうが、頑丈な家を建てようと思ったら、杭の一本一本、柱の一本一本をしっかり打ち込む必要がある訳ですね。
3.主が支えられる
“わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。”(口語)聖書の御言っていうのは、さらっと読むのでなく、なるべく深く心に留めるように読むことが重要です。深く、じっくり、また繰り返し読み、毎日読み続ける事が必要です。そうやって人生を築いていくならば、もし人生の大嵐がある日突然やってきた時、勿論、物凄いショックとダメージと悲しみを受けるだろうけども、倒れない!なぜなら、イエス様がその人を支えるからですね。“たといその人が倒れても、全く打ち伏せられることはない、主がその手を助けささえられるからである。”(詩篇37:24口語)
