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信仰がぐらついたら

「行って、自分たちが見たり聞いたりしたことをヨハネに伝えなさい。・・・わたしにつまずかない者は幸いです。」

ルカ7:22~23

1.信仰がぐらつく時
 信仰がぐらつく事というのは当然ある訳です。信仰の長い人でも、大きな苦しみや悩みが長く続くと、信仰がぐらつく事があるでしょう。今日の箇所では、バプテスマのヨハネでさえ、信仰がぐらついたという場面です。この時、ヨハネは迫害され、牢屋に捕らえられていました。どういう扱いを受けていたか分かりませんが、非常に辛い状況にあった訳です。そんな中、イエス様に対する期待があったでしょう。ここから助け出して欲しい。そして罪を悔い改めないヘロデに裁きを行なって欲しい。つまり、速やかに正義を行なって欲しいと。ところが、どうも自分が思っていた救い主と違う、期待と違う、自分が願うようには助けてくれない・・・、そんな思いがあったのではないでしょうか。それで弟子を遣わして聞かせた、“おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも、ほかの方を待つべきでしょうか。”さすがのヨハネも分からなくなってしまった。

2.イエスは救世主か
 これは全ての人にとって最大のテーマです。イエス・キリストは、本当に救い主かどうか、それを信じるかどうか!全ての人がその答えを決めないといけません。人間はある意味、誰でも救い主を求めてると思います。「こういう救い主がいて欲しい。救い主とはこういう存在であって欲しい」という、自分の中のイメージや期待を持っている。クリスチャンでもそうでしょう。ところが、どうも自分の期待とイエス様がちょっと違う、ズレてる、と思っているかも知れない。そんな疑問がわいた時、どうすればいいのか?そういう時は、ヨハネのようにイエス様に聞けばいい訳です!「あなたは本当に救い主ですか?違いますか?」と。そうすれば、必ず何かしらの答えを、色んな事を通して与えてくれる筈です!ヨハネの質問に、イエス様は22、23節のように答えて下さいました、つまり「事実を伝えなさい」と。それ以上は言わない。イエス様がなさった事実を見て、それをどう判断するか。イエス様を救い主として信じるかどうか、それは自分で答えを決めなさい、という事です。私たちも信仰がぐらつく時、これまでイエス様がしてくださった事実を思い出す事です。事実をよーく落ち着いて考えてみるなら、答えが分かってくるでしょう!

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