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十字架の町

のがれの町を選び定め、あやまって、知らずに人を殺した者を、そこへのがれさせなさい。

ヨシュア20:2~3(口語)

1.後ろに目は無い
 神学校時代、男子だけで25名の寮生活でしたので、お風呂も次々入らねばなりません。中には、バシャーン、バッシャーンと勢いよく体を流す人がいます。そうすると後ろで洗っている人にかかる訳です。私が「後ろにも目があるといいねえ」と言いましたが、「なんのこっちゃ?」と気づきません。笑い話ですが「人間は本当に気がつかないものだなあ」と思いました。お湯くらいなら大した事はありませんが、もしかしたらもっと大変な被害を周りの人に与えているかも知れないのです。

2.逃れの町
 カナンの土地をひと通り分け終わった訳ですが、神様は非常に配慮の行き届いた方で、「逃れの町」を置きなさい、と言われました。「逃れの町」とは、わざとでなく事故で人を殺してしまった時、家族などが恨んで復讐しようとするかも知れない。そういう場合、事故を起こしてしまった人を守るために「逃れの町」を定められたのです。復讐でまた人が死ぬ事になったら、もっと悲しい事です。しかし私たちは気を付けなければなりません。悪気は無かったと言うけれども、じゃあ周りに充分注意したか?口から不用意に発する言葉が、周りの人を傷つけないか十分注意したか?そう考えると「悪気は無いから罪は無い」とは言えない。私たちは、余りにも周りの人に対して、不注意なのかも知れません。

3.十字架の主のもとに
 けれども、そう考え出すとそれこそ逃げ場がありません。今まで生きてきた中で、もしかしたら気がつかないうちに、どれだけ人を傷つけてきたかも知れない。誰かが陰で泣いていたかも知れない。それを償いようも無い。もしその事を責められるならば、私たちは負う事が出来ません。でも、だからこそ「逃れの町」があるのです。「逃れの町」とは「十字架の町」です。イエス様が十字架について下さったのは、私たちが気づかずに誰かを傷つけてしまった罪、犯した罪、それも全部含めて、罪の罰を受けて下さったのです!「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」と。私たちには気づいていない罪がいっぱいあります。でも、それもすべて赦されているのです!十字架のイエス様の元に逃れましょう!

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