救うのは誰か
地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神だ。ほかにはいない。
イザヤ45:22
1.偶像の国、日本
今日の箇所は、まるで日本のことを思って語られたかのようです。日本は昔から多くの偶像がありますが、最近また「仏像」がブームだそうです。一つの理由としては、今、非常に世の中が乱れて不安定である・・・そんな時に、穏やかな仏像の顔を見ていると心が落ち着く・・・みたいな事のようです。やはり人々の心が渇いている、安心を求めている、頼るものを求めている、心を満たすものを求めている、と言えます。そこで偶像ではなく、本当の神様、真の救い主に出会って欲しい訳です。イザヤ書の時代も色んな偶像がありました。イスラエルの人々さえ、造り主なる真の神様を忘れ、偶像を拝む者が多くいました。主なる神様は、そういった偶像を拝むことの空しさと、真の神は自分以外にない、という事をこのイザヤ書で何度も何度も語られています。(44:9~20)そして「あなたを造った真の神のもとに悔い改めて帰ってきなさい」と。(44:22)
2.地の果ての国にも
“地の果てなるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。”(45:22口語)日本にプロテスタントのキリスト教が伝えられてから160年以上たちます。イエス様が生まれた場所から見れば、日本は地の果ての一番端っこにある国です。でも、神様はこの日本の私たちにもイエス様の救いを伝えてくださった訳です。偶像ばかり拝んでいる私たち日本人に対して「そんな木や石で作った偶像に救いはない。日本にいるわたしの子ども達よ、わたしを仰ぎのぞめ!そうすれば救われるのだ!わたし以外に神はないのだ!」と。何も仏像だけではない。人間が作るもので、人を救うものがあるでしょうか?人間は色んなものを作り出します。人はそれを追い求め、スゴイだの、便利だのと持てはやし、それにひれ伏しさえするかも知れませんが、人間が作るものは決して人を救わないし、人を本当の悩みから救う事は出来ません。8~9節。神に代わるものはこの世に無いのです!12~13節(口語)、“心をかたくなにして、救いに遠い者よ、わたしに聞け。わたしはわが救いを近づかせるゆえ、その来ることは遠くない。わが救いはおそくない。”主は頑な者を見捨てられず、「救いを近づかせる」と言って下さいます!
