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求める人は必ず出会う

主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。

ルカ2:29

1.救いを求める人
 幼な子イエス様を最初に礼拝しに来たのはどういう人達だったかと言うと、それは救い主が来られるのを切なる思いで待ち望んでいた人たちです。立場はそれぞれ違いますが、救い主を切に待ち望んでいた事は同じ。魂の救いを求める人は必ず出会います!イエス様はご自分を求める人を求めている訳ですね。救いを求めている人がいたら、イエス様の方からその人に会いに行かれます。羊飼いや東の博士以外にも、幼な子イエス様に出会った人がいました。

2.老聖徒シメオン
 ヨセフとマリアは献児式をするために神殿に行きました。そこにシメオンというお爺さんがいました。当時のイスラエルは宗教的にも政治的にも神様から見捨てられているように思えました。けれどもシメオンは「必ず聖書の約束通り、救い主は来られる。神様は私たちを見捨てておられない。」と信じ続けていました。そして幼な子イエス様に出会った時、“主よ、今こそ、あなたはみ言葉の通りにこの僕を安らかに去らせてくださいます、わたしの目が今あなたの救いを見たのですから。”(口語)と賛美しました。やはり父なる神様は私たちを見捨てておられない、それどころか、人間を愛しておられて、罪から救うためにご自分の最も大切な御子をこうして小さな赤ちゃんの姿にしてまでこの世に送って下さった!もう安心だ、もう大丈夫だ、満足だ。

3.老聖徒アンナ
 もう一人、救い主を待ち望んでいた人がいました。アンナというお婆さん。早くに夫を亡くし、ずっとやもめ暮らし。神殿のそばで暮らし、日々祈りの生活。彼女もずっと救い主が来るのを待ち望んでいました。そして出会いました!人生というものは最後に報われる、という部分があると思わされます。特に真の神様を信じ、求め、仕えて歩んできた人は、人生の途中は色々な苦労をして、たくさん涙を流すような事もあるけれども、人生の最後の方に大きな報いがある。誰でも本当に救いを求めているなら、遅かれ早かれ必ずイエス様に出会います!いや、イエス様の方から出会って下さる!そしてその人生の晩年は、感謝と安らぎと満足(充実)をもって締めくくるのです!

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