祝福を取りに行く
あなたがたは、先祖の神、主が、あなたがたに与えられた地を取りに 行くのを、いつまで怠っているのですか。
ヨシュア18:3(口語)
1.新しい生活の中心地
前回はヨシュア記の最後を先に開きましたが、今日はまた戻ります。まず1節、“イスラエルの子らの全会衆はシロに集まり、そこに会見の天幕を建てた。”さあ、これから約束の地で新しい生活が始まる!その皆の中心地に、神様の臨在のしるしである「幕屋」を建てました。4月から新しい生活が始まった人もいると思いますが、新しい出発をする時、まず生活の中心をしっかり定める事です!
2.祝福は取りに行く
さて、ところがまだ7部族が自分たちの土地をちゃんと得ていませんでした。まだ動き出していなかった。腰が重かった。怠っていた。臆病になったか。今日の題は<祝福を取りに行く>。「果報は寝て待て」という言葉は、聖書にはありません。本当に心から欲しいと願う祝福なら、何もしないでただ待っているんじゃなくて「求めよ、探せ、門を叩け」。中には積極的な5人姉妹もいました。「うちは男の跡取りはいないけども、私たちにも土地を下さい」と。17:3~6。これは前に約束された権利です。でも求めないともらえなかったかも知れません。
3.宿題は何か
神様の祝福もそうです!約束に基づいて、祈ればもらえるのに、祈らないからもらえないっていうのは本当に勿体ない!取りに行かないから、もらい損なってる事があるでしょう。父なる神様は、色んな恵みや祝福を与えたいと待ち構えておられるのです。こっちがもらいに行くのを怠ってるだけなんです!例えば、私たちの手元には、宝の詰まった聖書があります。でも読むのを怠っていたら、手元にある宝が自分のものにならない。聖会の恵みも、そもそも求めが無ければ得られません。祈りもそうです。ヤコブ4:2、“自分のものにならないのは、あなたがたが求めないからです。”祝福を取りに行く労を惜しんではならない。祝福を取り行くことを怠っていてはなりません。東の博士たちは救い主に一目合うために、遠い道のりを旅して来ました。そして辿り着いた時、非常な喜びにあふれました。私たちが、まだ取りに行っていない、いつまでも先伸ばしにしている「宿題」は何でしょうか?
