赦された事を深く感謝する
この人は多くの罪を赦されています。彼女は多く愛したのですから。赦されることの少ない者は、愛することも少ないのです。
ルカ2:47
1.一人の罪深い女性
一人のパリサイ人がイエス様を食事に招待しました。けれども、決して歓迎している訳ではなく、「品定めをしてやろう。アラを見つけてやろう」と思っていたのでしょう。歓迎の接吻も、足を洗う水も、頭に塗る香油も出してくれませんでした。その食事の場に一人の罪深い女性が入って来ました。けれどもこの女性は、自分のこれまでの生き方を本当に悔いていたのでしょう。イエス様にどこかで出会い、その光に心が照らされた。けれどもイエス様の光は罪を責める光ではなく、こんな汚れた私をそれでも愛してくれる愛の光だと感じたのでしょう。“泣きながらイエスの足を涙でぬらし始め、髪の毛でぬぐい、その足に口づけして香油を塗った。”
2.悔いと感謝の涙
皆さん、自分の罪深さを思って、自分の罪を悔いて、涙が溢れるほど流れるという事がありますか?人間、皆そこが分からないのです。他人のことは責める。パリサイ人の様に。けれども自分の罪は軽く考える。それが私たちの罪の性質です。そしてこの女性の涙は、自分の罪を悔いる涙だけでなく、それを赦してくださるイエス様への感謝の涙です!自分の罪を深く自覚する人ほど、それを赦して下さるイエス様に対する感謝が大きい訳ですね!私たちの罪は、一人残らず大きいんです。神様の前に、罪が小さい人なんていないんです。私たちは一人残らず、多く赦してもらっているんです!少しじゃないんです。それが分かってる人は、いつも感謝してる人です。
3.深く感謝し、深く愛する
“しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神は私たちに対する愛を示されたのである。”(ローマ5:8)私たちは自分の罪深さが分からない者です。私はこの姦淫の女性とは違う、そんなに多くの罪はない、というかも知れない。けれども生れ育った時代や環境が違うだけで、心の奥の奥を見られるならば、神様の前にはそんなに違いはないかも知れない。どうか、この女性のように自分は多くの罪を赦されている者だという事を知りましょう!それが本当に分かったら、人を赦せないなんて言えない筈です。そしてイエス様を多く愛して、多く感謝する者となりましょう!
