からし種一粒ほどの信仰
もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があれば、この桑の木に『根元から抜かれて、海の中に植われ』と言うなら、あなたがたに従います。
ルカ17:6
1.からし種ほどの信仰とは
先週はペンテコステでした。その日だけでなく、日々しきりに聖霊様の力を求め 続けて行きたいと思います。今日の箇所でも弟子たちはイエス様に「私たちの信仰 を増し加えてください」と言いました。でも、もしかしたら、弟子たちの気持ちの 中に、「自分が偉大なものになりたい。かつてのモーセやエリヤのような・・・」 という思いがあったかも知れません。 そこでイエス様はこうおっしゃいました、“もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この桑の木に、『抜け出して海に 植われ』と言ったとしても、その言葉どおりになるであろう。”(6 節 口語) イエス様はあえて一番小さい物に例えられました。つまり信仰というのは、自分自身の心の大きさとか強さではない。神様の全能の力を信じる、信頼する事です!自分はからし種一粒ほどに小さかったとしても、幼な子のように純粋に神様を信頼して頼る、そういう信仰があれば、どんな事だって、父なる神様に期待することが 出来る、そういう事ではないでしょうか。
2.謙遜と感謝
続いてイエス様は「信仰」と共に「謙遜」と「感謝」を忘れないよう教えました。人間は高ぶり易いのです。神様が素晴らしい事をして下さったのに、ついつい自分を誇りたくなる。「私の信仰が強かったからだ。私がよく祈ったからだ」と。でも “同じようにあなたがたも、自分に命じられたことをすべて行ったら、『私たちは取るに足りないしもべです。なすべきことをしただけです』と言いなさい。”もう一つは「感謝」。10 人の重い皮膚病の人がみな癒されました。でも感謝しに 戻って来たのは一人だけ。どうでしょう、実は結構、神様は私たちに驚くような 恵みを与えて下さっているのに結構忘れてしまう。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」 で、私たちは神様に対する感謝を、態度や行動で表さない事も多い。 “そのうちの一人は、自分が癒されたことが分かると、大声で神をほめたたえ ながら引き返して来て、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。” 私たちは「からし種」のように、小さく弱い者であっても、純粋に信じる信仰を 持ちましょう!そして決して自分を誇らず、イエス様に感謝を献げましう!
