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信頼

あなたがたのうちで主を恐れ、主のしもべの声に聞き従うのはだれか。闇の中を歩くのに光を持たない人は、主の御名に信頼し、自分の神に拠り頼め。

イザヤ50:10

1.イエスの従順
 今日からアドベントに入りますのでイザヤ書を開きます。ご降誕の700年も前に書かれたのですが、まるでイエス様を見ているかの様に預言されています。イエス様は自分の考えで勝手に行動していた訳ではなく、言葉も行動も、父なる神様によく聞いて、そのようにしていた訳です。そして最も苦しい十字架にまで従っていかれました。5節後半~6節にその様子が預言されています。“私は逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者に背中を任せ、ひげを抜く者に頬を任せ、侮辱されても、唾をかけられても、顔を隠さなかった。”ところが、そんな酷い辱めを受けても、イエス様の誇りは傷つけられなかった。裁判を受けながらも、「あなたは神の子なのか」「あなたがたの言うとおりである。」「あなたがユダヤ人の王であるか」「そのとおりである。」と答えられました。

2.イエスの信頼
 なぜ、イエス様がそのように最も苦しい所を通りながらも、恐れる事無く、堂々としていたのか、その心が支えられたのか。それは父なる神様に対する「信頼」があったからです!7節と9節に“しかし(見よ)神である主はわたしを助けてくださる。”と二度記されています。

3.信じて光を待つ
 さて、では私たちはどうなのか。10節(口語)、“あなたがたのうち主を恐れ、そのしもべの声に聞き従い、暗い中を歩いて光を得なくても、なお主の名を頼み、おのれの神にたよる者はだれか。”「暗い中を歩いて光を得ない」というような状況に長い間、置かれている、という人がいるでしょうか?そこで「ああもうダメだ・・・」と諦めてしまうのは、普通の人です。しかし、「それでも尚、私は神様を信じている!期待している!必ずや、主なる神は私を助けられる!」と、より頼む人は幸いです。イエス様に従って生きているなら、道は間違っていません!たとえ、光の見えない試練が続いても、遠い先の未来までは見えなくても、この先どうなっていくか分からなくても、道はあっている!後は信じて進むだけです!

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