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完走する

私たちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を、耐え忍んで走りぬこうではないか。

ヘブル12:1口語

1.完走する
今日は召天者記念礼拝で、先に天に帰られた方々のお写真を並べています。今年は特に教会の中から二人の姉妹が天に召されました。2月末に飯塚珠美姉、6月末に多胡友紀子姉が天に帰られました。お二人とも賛美に溢れた方でした。さて、今日の御言をなぜ、あえて口語訳で読んだかと言いますと、最後の部分、“走りぬこうではないか。”という訳が、より「完走する」感じがするからです。私は最近いつもこの事を思わされます。ここにお写真のある方々も皆、自分に与えられた、地上の人生と言うマラソンを完走された訳です。もっと言うなら、クリスチャン生涯というマラソン、ある方は献身生涯、牧師生涯を完走なさった訳です。私たちに与えられた地上のマラソンは、スタートがあれば、必ずゴールが来る。私たちの地上での働きは、必ず終わる時が来ます。月刊「ベラカ」も今年度で終わります。意図した訳ではありませんが、「ベラカ」がスタートしてから、ちょうど20年でした。やはり神様のタイミングだったかと思い、すがすがしい思いです。一つの働きを全うする、一つのマラソンを走り終える、走りぬく訳です。

2.歌いながら
そのように、私たちのクリスチャン生涯も、スタートがあれば、ゴールがある。もしかしたら、世界中の教会が間もなく、この地上を卒業し、皆で、天に移される日が近いのかも知れません。その時は誰も分かりませんが、いつまでも地上にいる訳では無い、という事は確かです。だからこそ、完走したい!悲しかったり、苦しかったり、悩んだりしながらも、とにかく最後まで完走したい。そして出来れば、苦しそうな必死な形相で走るのでなく、この姉妹たちのように、歌いながら、感謝しながら、ゴールインしたい!“わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競争を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。”(口語)

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