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目を覚ましている

神は、私たちが御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったからです。

Ⅰテサロニケ5:9

1.目を覚ましていれば
この手紙は「イエス様の再臨を待ち望む生活」というものを勧めている手紙です。5:1~3。今、二つの戦争が起きていますが、嵐の前の静けさの様に、一時的に戦いが収まり、「平和だ、安全だ」と言う時が来るかも知れません。いつか分かりませんが、人々が偽りの平和を享受している時、「突然の破滅が彼らを襲います」。けれども目を覚ましているクリスチャンにとっては決して慌てる事はありません。“しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にいないので、その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。”この世の終わりを怖がるのは、心の準備が出来ていない人です。“ほかの者たちのように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。”“神は、私たちが御怒りを受けるようにではなく、主イエス・キリストによる救いを得るように定めてくださったからです。”

2.隣人を起こす
自分の信仰の目は覚めている、という人は、回りのまだ眠っている人を起こしてください。14節、“兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠惰な者を諭し、小心な者を励まし、弱い者の世話をし・・・”寝てる者を起こす、これは起きている者の役目です。譬えるなら、電車に家族で長い間乗っていて居眠りをしている時、お母さんが「もうすぐ駅に着くわよ、もうすぐイエス様が来られるわよ。ちゃんと天国行きの切符、持ってる?」と起こす。

3.喜び、感謝しながら
“いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事において感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。”、「喜び」と「感謝」の間に「祈り」が入っている。つまり信仰なしには出来ません。私たちが今見ている事は全て途中経過です。しかし神様がなさる事の結末は最高、最善な訳です!私たちは、信仰によって、目に見えない素晴らしい結末を信じる時に、初めて、いつも喜び、絶えず祈り、全ての事を感謝できるのです。どうか、イエス様のお出での近い事をもう一度心に留め、信仰の目を覚まし合いながら、お出でに備えて参りましょう!

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