自分の罪を知り、十字架を仰ぐ
「おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。 だがこの方は、悪いことを何もしていない。」 そして言った。「イエス様。あなた が御国に入られるときには、私を思い出してください。」
ルカ 23:41~42
1.自分の罪が分からない私たち
今週は受難週です。まず最初に、やはりこの御言を心に留めたいと思います。 “そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。 彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」” まず本当に思わされる事は、私たちは本当に自分の罪に気づきにくい、自分の罪 が分かりにくいという事です。 この中で「私は自分の罪がよく分かっています」 という人がいるでしょうか? そのくせ他の人の罪は、本当によく見えるのです。 そして自分の罪は驚くほど忘れてしまうのです。人からされた事は忘れないのに。
2.自分の罪を知り、十字架を仰ぐ
この十字架に架かったイエス様の絵。見慣れてしまっているかも知れませんが、 改めて見るとこんな酷い事はありません。イエス様は、私たちの中にある、人間の あらゆる醜い罪、汚れた罪、残酷な罪を、全くすべて身に受けられたのです。 でも、私たちは自分の罪が分からない。でも、分からないといけないんです。 イエス様の十字架の両側に二人の犯罪人がついた。一人は自分の罪が分からない。 ところが、もう一人の犯罪人は、自分の罪が分かったんです! 「おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。」 でも、でも、地獄に落とされても当然だけれども、こんな私でも憐れんで欲しい、 どうしようもない俺でも、愛して欲しい、生きていてもいいと言って欲しい・・・ 「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」 自分の罪が分かったからこそ、イエス様の救いを求めたんです! 自分の罪が分か らない人は、救いを求めません。そりゃそうですね。
3.救いの約束
そして、イエス様の救いを求めた人は、もれなく、天国の約束を頂けるのです! “イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」”自分の罪を知らせて頂き、イエス様に心から感謝する者として頂きましょう。
