どんな時も インマヌエル
「その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと 「神が私たちとともにおられる」という意味である。
マタイ 1:23
1.喜びから絶望へ
クリスマスと言うと、心穏やかな気持ちになるかも知れませんが、最初のクリスマスの時は、とてもではないけれども、心穏やかな感じではありませんでした。ご存知の通り、ヨセフさんは初めは物凄く喜んでいました。なぜなら、もうすぐあの可愛いマリアさんと結婚という事でその日を指おり数えて待っていたのです。ところが、マリアさんのお腹がだんだん大きくなる。「別の誰かとの間に赤ちゃんが出来たんだ!」と、喜びの頂点から悲しみのどん底に叩き落とされました。そういう事が皆さんの人生にもあるかも知れません。せっかく喜んでいたのに、幸せだったのに、感謝していたのに、昨日まで平和だったのに、ある日突然、絶望のどん底に叩き落とされるという事が。「人生は残酷だ」と思う時があります。
2.どんな時もインマヌエル
そんな苦しみ悩むヨセフさんに、夢の中で神の使いがメッセージを伝えました。“「ダビデの子(子孫)ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。」・・・「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。”今日の題は<どんな時もインマヌエル>私たちの人生には色んな事が起きます。「まさか、私の人生にこんな事が起きるとは」と思うような事が。けれども、「インマヌエル」神が私たちと共におられる!ある人は言うかも知れません「それがどうした」と。けれども理屈ではない。どんなに最悪の状況にあったとしても、これから先どうなるのか、全く未来が見えない状況でも、今この状況の中に、神が私たちと共にいる!見捨てられているのではない。私を愛しておられ、幸いを計画しておられる神が、救い主イエスが共におられる!だから、大丈夫だ!なぜこんな事が起きたのか、理由は分からない、でも大丈夫だ!大丈夫なんだろう!それが「インマヌエル」という事です!どんなに大変な事が起きても、主の恵みがある!主の守りがある!“見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。”イエス様を信じた最初から人生の旅路の最後まで、イエス様が共にいるのです!
