心から神を敬う
傷のあるものを、主にささげる偽り者はのろわれる。わたしは大いなる 王で、わが名は国々のうちに恐れられるべきであると、万軍の主は言われる。
マラキ1:14(口語)
1.感謝を忘れたイスラエル
ゼカリヤ書に続き、旧約の最後、マラキ書を開きます。4章だけの短い書です。時代は紀元前450年頃。前のゼカリヤ書から100年ぐらい後です。バビロンから奇跡的に解放され、神様の力に後押しされて神殿を建て直し、町を囲む城壁も立て直しました。「感謝、感謝、良かった、良かった」という事ですが、人間はしばらく年月が経つとすっかりその気持ちを忘れてしまう。マラキ書の時代の人々は、神様に対する感謝の気持ちも、神様を敬う気持ちも、殆ど失ってしまったというのです。“「わたしはあなたがたを愛している。」・・・しかし、あなたがたは言う。「どのように、あなたは私たちを愛してくださったのですか」と。”クリスチャンである私たちも、特別に選ばれた訳です。勿論、神様は全ての人を愛しています。でもその中でも特に選ばれ、特別に愛情を注がれ、特別に導かれてきた。にも関わらず、「何かしてもらいましたっけ?」なんて言うのは恩知らずもはなはだしい、という訳です。
2.主を心から敬う者
そして恩知らずなイスラエルの人々は、神様に献げる礼拝も、献げ物も、全然、神様を大切にしていませんでした。“もし、わたしが父であるなら、どこに、わたしへの尊敬があるのか。・・・”献げ物というのは、私たちの神様に対する気持ちを表す訳です。ところが彼らが献げた動物は、一番良い物ではなく、自分でも要らないような悪いものを、神様に献げたというのです。そんな献げものなら、しない方がいい。私たちももしかしたら、一番大事な父なる神様に対して、十字架に架かってくださったイエス様に対して、そんな事をしてはいないだろうか。体力、労力、時間、人生、財産・・・一番良い部分は自分のもの、端っこの残り物を献げる。神様は私たちの「心」「気持ち」「動機」を見るお方です。そういう人が祝福をもらえる筈があるだろうか。主の御名は世界中で最も大切にされるべき、崇められるべきです!神様は世界中から、心から神様を敬う人、心から礼拝する人を探し求めておられるのです!
