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本当の飢饉

実に、主のことばを聞くことの飢饉である。

アモス8:11

1.みことばの飢饉
 題に<本当の飢饉>とつけました。飢饉というのは食べ物が無くなる事ですが、今日の所で言われているのは、神の言葉という命のパン、心のパンが与えられなくなるという意味です。2:4 でこう言われていました“彼らが主のおしえを捨てて”神の民である彼らが、主のおしえを捨てた、御言を捨てた。食べ物を廃棄するという事がよく問題になりますが、ましてや、人の魂を生かし養う命のパンをせっかく与えても、食べずに捨てるなら勿体ないどころではない! そんな人に、大切な命のパンをもう与えませんよ、という事です。

2.御言を捨てる時代
 けれども、この「御言を捨てる」という事は、終わりの時代の一つの大きな特長かも知れません。Ⅱテモテ4:3~4にこうあります、“というのは、人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、 自分の好みにしたがって自分たちのために教師を寄せ集め、真理から耳を背け、作り話にそれて行くような時代になるからです。”動画だったら見るけども、人はどんどん本を読まなくなっているかも知れない。ましてや聖書をじっくり読むなんて、しなくなってきているのかも知れない。無駄 に、いたずらに忙しくなっているのではないでしょうか。みことばの飢饉! 聖書そのものをじっくり読もうという人が減ってきている。また御言を語るため に献身しようという者も急激に減っている。御言を捨てる時代。時代はいよいよ、 御言に目を向けさせまい、聖書を読ませまい、としてくるでしょう。けれども、パウロは若いテモテに、この手紙で、“みことばを宣べ伝えなさい。 時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。”と勧め、“あなたはどんな場合にも 慎んで、苦難に耐え、伝道者の働きをなし、自分の務めを十分に果たしなさい。” と命じています。

3.神の言で生きる
 今、日本も、世界も、心の飢餓状態と言えるかも知れない。心に害のあるものばかり食べて。イエス様は言われました、“人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである”。(マタイ 4:4)

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