唯一の仲保者
イエスは、いつも生きていて、彼らのためにとりなしをしておられるので、 ご自分によって神に近づく人々を 完全に救うことがおできになります。
ヘブル 7:25
1.救い主とは
元旦礼拝に来れなかった方もおられますので、改めて、今年の御言を見てみましょう。(黙21)特に後半、“もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。”人間には色々な苦しみがあります。体の苦しみ、また心の苦しみ、孤独、不安、傷。そして、死という恐怖があります。なぜそういった苦しみがあるかと言えば、その根本的な原因は、神様と人間との間に「罪」という隔たりが出来てしまったからです。全ての喜び・楽しみ・安らぎ・幸せというものは、真の神様から来るものです。ところが人間の罪が、神様と人間の間にどうしようもない隔たりを作ってしまった。それゆえに、人間は様々な苦しみを味合わねばならなくなったのです。ですから「救い」とは何か、と言えば、それは神様と人間との間の隔たりが無くなるなら、それが本当の救いです。そして、その隔たりを無くしてくれる方がいるなら、その人こそが「本当の救い主」です。
2.唯一の仲保者
この真の神様と人間の間の断絶をとりもってくれる人、仲保者となってくれる人は誰か。それが「祭司」です。けれども、人間の祭司というのは不完全です。自分も罪人ですし、人間の側に立てても、神の側に立つ事は出来ません。5:6~10。イエス様は神の子です。そして当然、罪が全くありません。ですから神様の側に立つ事が出来ます。それだけではなく、イエス様は一人の人間となって地上に来て下さった。そして、罪は犯さなかったけれども、人間のあらゆる苦しみを味あわれました。ですからイエス様は人間の側にも立つ事が出来る。神の側にも立つ事が出来、人間の側に立つ事が出来る。 そして自分自身を、私たちの罪の身代わりの犠牲として下さいました。イエス様こそは、神と人との間をとりもつ、完全な仲保者、完全な祭司、完全な救い主なのです! 7:23~28。罪をもって苦しんでいる人間が、「誰か、神様と会わせてくれ。神様と話をさせてくれ。会って、罪を悔い改めさせてくれ、罪をお詫びしたいんだ。神様の赦しを戴きたいんだ」という時、神様に叫ぶ言葉を伝えてくれる人、神様と私たちをもう一度仲良しにさせてくれる人、それがイエス様です。
