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新生児から、聖化、栄化

キリストにこの望みを置いている者はみな、キリストが清い方であるように、自分を清くします。

Ⅰヨハネ3:3

1.神の子としての新生
 「新生、聖化、栄化」というのは、クリスチャンの変化の段階を言った言葉です。1節、“私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えてなさい。事実、私たちは神の子どもです。”実際の「神の子」は、イエス様だけです。同じ神様なのですから。ところが、私たち人間も「神の子ども」と呼ばれる立場にして下さるのです。ヨハネの福音書1:12、“しかし、この方(イエス様)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。”

2.聖化、栄化
 このように「新生」はクリスチャンのスタートです。神の子どもの新生児です。次に「聖化」。イエス様のように「聖くなっていく」。一歩一歩の成長です。そして最後に「栄化」。これは最後の仕上げ。イエス様が世の終わりに再臨されて、迎えに来られる時、「心も体も栄光の姿に変えられる!」これが「栄化」です。でも実際その時どんなふうになるのか、ヨハネでさえ、想像も出来ないというのです、“・・・やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。”

3.そこに望みを持つなら
 そこがクリスチャンの目標!“キリストにこの望みを置いている者はみな、キリストが清い方であるように、自分をきよくします。”花嫁さんにとって結婚式は、純白のドレスを着て、正に栄化のような感じです。その日に備えて、花嫁修業したり自分を美しく整える訳です。勿論、私たちを聖くして下さるのは、イエス様であり聖霊様ですけども、やはり自分でも聖くなろうとする。まずは、汚れないようにする事です。4~6節。聖書がいつも問いかけるのは、クリスチャンの形ではなく、中身です。実態です。私たちは父なる神様から、イエス様を十字架に付けたほどの大きな愛によって、神の子どもとされました。栄化される素晴らしい日に目標を定めながら、キリストの内に留まり、性質を聖くしていただきましょう!

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