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永遠の国を目指して

「人はみな草のよう。その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、永遠に立つ。」

Ⅰペテロ1:7

1.いささかも疑わず
 クリスチャンは「天国」というゴールを目指してマラソンをしています。このゴールをしっかり目指してキビキビと走るのか、それともダラダラ歩くのか。13節“あなたがたは心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストが現れる時に与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。”(口語「いささかも疑わずに」)今現在、私たちは「この世」に生きてる訳ですから、どうしても「神の国」より「この世の国」の方が、皆さんの心の中でウエイトが大きいかも知れません。「神の国」は雲の上のようにフワフワで、「この世の国」は現実的なもの、と。

2.どちらがリアルか
 ところが聖書の言うメッセージは逆なのです!24、25節を読んでみましょう。“「人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は、とこしえに残る。」”(口語)これはイザヤ書40章6節以下の引用です。イザヤ書の当時、バビロンという国は最も豊かで文明の栄えた国でした。けれども、その栄えは「花」みたいなもんだ、という訳です。しばらくして、スグ枯れる、しぼむ、散る。だから今バビロンに苦しめられていても恐れる事はない、必ず散っていくのだから、という事です。ペテロの時代はローマ帝国によって迫害されていました。けれどもそのローマもバビロン同様、やがて散りゆく定めに過ぎない。現代も同じです。どんなにハイテクを誇り、栄えている様に見えても、間もなく散っていく。“草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、永遠に立つ。”主の言葉、救いの福音、神の国の約束、これこそが、永遠に残るものだ、と。

3.いつまでも残るもの
 だとするならば、私たちはどっちに重きを置いて生きるべきでしょうか?14~16節“むしろ、あなたがたを召された聖なる方にならい、あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい。”Ⅰコリント13:13“いつまでも残るものは信仰と希望と愛・・・その中で一番すぐれているのは愛です。”22節“きよい心で互いに熱く愛し合いなさい。”ゴールをしっかり見据え、いつまでも残るものを握って完走しましょう!

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