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自分の信仰を見直す

人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、『市街を繕って住むべき所となす者』と呼ぶようになる。

イザヤ58:12(口語)

1.今年の歩みはどうだったか
 この一年の終わりの時、今年の自分の歩みを振り返って、自分の信仰を見直す事は大切だと思います。このイザヤ書でも、神様は当時のユダの民に「自分の信仰態度を見直しなさい」と語りかけておられます。当時の彼らの信仰態度は、非常に形式的、偽善的でした。その一つが「断食」でした。信仰深く見える行為です。けれども肝心は、その動機です。結局、彼らは自分の利己的な願いをかなえて欲しくて断食していた訳です。日頃の信仰生活はいい加減なのに。“見よ、あなたがたの断食の日には、おのが楽しみを求め・・・”3節(口語)。けれども、そのような祈りは神様に届きません。4~5節。

2.世の光として
 では、神様はどのようなことを私たちに求めておられるのでしょうか。“わたしが好む断食とはこれではないか。悪の束縛を解き、くびきの縄目をほどき、虐げられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。”また、“飢えた者にあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見てこれに着せ、あなたの肉親(親、兄弟)を顧みることではないか。”7節。一見、信仰熱心に見えて、自己中心的な事ではなく、周りの人や家族に対して、正しい事を行ったり、愛を与える、神の子どもらしい、当たり前の生き方です。8~9節(口語)“そうすれば、あなたの光が暁のように現れ出て、あなたは、すみやかに癒され、あなたの義はあなたの前に行き、主の栄光はあなたのしんがりとなる。また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。”

3.破れを繕う者
 私たちの教団もそうですが、世界中の教会が、今、危機の時代と言えるかも知れない。祈る人が必要であり、奉仕者が必要であり、破れを繕う人が必要です。今までは「私がやらなくても、誰かがやるだろう」と思っていたかも知れません。お互い、ぜひ、これからの信仰の歩みを、よく祈って考えていただきたいと思います。そして、より祝福された人生に進んでいただきたいと思います。

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