信仰によって神のこども
あなたがたはみな、信仰により、キリスト・イエスにあって神の子どもです。
ガラテヤ3:26
1.救われるために必要なのは
ガラテヤ書を開きながら、「救い」「信仰」また「律法」の関係についてお話しています。 人間は救われないといけないのです。放っておいたら、体も魂もやがて死んでしまう。「魂が死ぬ」というのは、いのちの源である神様から完全に切り離された状態。つまり地獄に行くのです。 ではどうやって救われるのか。律法なのか、信仰なのか、という事をこの手紙は繰り返し確認しようとしています。
2.信仰によって
そこで、原点・スタートを思い出してみよう、と。聖書の最初、創世記で神様はアブラハムとどういうやりとりをされたか、見てみましょう。創世記15:3~6。“アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。”子どもがなかなか与えられないアブラムに、神様は、星の数ほど子孫を与える、と約束され、アブラムはその約束を信じました。 そのアブラハムに対して、神様は「お前はわたしの言葉をよくぞ信じた。義しい者と認めよう。」と言われたのです。ここでガラテヤ書に戻りましょう、ガラテヤ3:6~7、“ですから、信仰によって生きる人々こそアブラハムの子である、と知りなさい。”実はアブラハムの子孫というのは、単純にユダヤ人の事ではなくて、アブラハムが神様を信じたように、信仰を持つ人が、アブラハムの子孫だ、と言うのです。ですから「義とされる。救いの約束を受ける人」というのは、律法を行う人ではなくて、ただ神様の約束を信じる人だ、という事です! 8~9節。
3.律法は救いの必要を教える
でも、なぜ神様は「律法」なんてものを、その後に与えられたのでしょうか。その答えは19 節。人間はずうずうしく、自分を罪人だなんて思っていません。そこで神様は「律法」を与え、「あなたは正しい事を何一つ満足に行えない罪人なのだ。だから、わたしの救いの約束が必要なのだ」と教えようとされたのです。24 節“こうして、律法は私たちをキリストに導く養育係となりました。それは、
私たちが信仰によって義と認められるためです。”29 節“あなたがたがキリストのものであれば、アブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。” この信仰を天国に行く日まで持ち続けましょう!
