与えられる祝福・相続地
ユダ部族の諸氏族の相続地は次のとおりである。
ヨシュア15:20
1.たっくさんの祝福
先週は幸いなイースター礼拝でした。洗礼を受けたピカピカの1年生の男の子はこれからどれほど祝福されるでしょう。今日の題は<与えられる祝福・相続地>。 イスラエルの民はカナンの地の大半を獲得した訳ですが、これからその土地を12部族に分けるのです。20節から、ユダ族に与えられた相続地が記されています。 このように、私たちが神様から頂く恵み・祝福っていうのは、数え切れない程たくさん頂くのです! 神様に従えば従うほど、正に驚くばかりの恵みを頂くのです!
2.平地、山地、荒野も
けれども、どういう土地をもらったのか、よく見てみましょう。まず33節に 「シェフェラでは」とあります。口語訳聖書では分かり易く「平地では」となっています。平地はいいですね。住みやすい土地。 ところが48節、「山地では」。更に61節を見ますと、「荒野では」。川も泉も植物もないような、何もない土地。 どうせ頂くなら住みやすい平地がいい。あるいは水のある潤ったところがいいと思います。ところが神様が与えた土地は、平地だけでなく、山地も荒野もあった! 神様が私たちに与えられる人生は、平坦な時ばかりではありません。 登るのがしんどい山もあり、荒涼とした荒野の時もあります。 けれども、山地も、荒野も含めて、全部、神様が私たちに与えようとされる恵み・祝福の道なのです! もし 人生に与えられる土地が「平地」ばかりだったら、人間は余り成長しないでしょう。信仰も成長しないでしょう。 詩篇119:67「苦しみにあう前には 私は迷い出ていました。しかし今は あなたのみことばを守ります。」 :71「苦しみにあったことは 私にとって幸せでした。それにより 私はあなたのおきてを学びました。」
3.従うほど
最後に、63節や16章10節を見ると、もらい損ねた相続地がある事が分かります。 彼らは恐れたのか、臆病になったのか、あるいは怠けたのか、妥協したのか?本来ならば得られる筈の土地を獲得できなかった、しなかった。 神様は私たちに、本当はあの恵みもこの祝福も与えたいと願っておられるのです。 イエス様を、自分たちの人生の主、従うべき主人と認め、徹底的に従えば従うほど、更に多くの祝福を頂くのです!
