長き信仰の戦い
私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
Ⅱテモテ4:7
1.長き信仰の戦い
今日の所でヨシュア記の長い戦いも一段落します。クリスチャン人生というのは「信仰の戦いの人生」と言えるでしょう。信仰を守り続ける戦い、イエス様に従い続ける戦い、罪の誘惑を挑んでくる悪魔との戦い。そして戦いは一回だけじゃなく、たくさんの戦いがあります。ヨシュアたちもこれまでたくさんの戦いを戦ってきました。そして戦う度に、更に強い相手と戦わないといけない訳です。 4節、“海辺の砂のように大勢の兵で、馬や戦車も非常に多かった。” 私たちの人生でもそうでしょう。信仰年数を経るに従い、前よりも更に大きな試練、問題、祈りの課題にぶち当たる。それだけ自分の信仰も成長させられてる証拠とも言えるかも知れませんが、信仰のハードルが高くなる。
2.恐れるな
ヨシュアたちもそうでした。だから毎回、恐れと緊張があり、毎回、必死に祈らされる。けれどもその度に、神様は「恐れるな」と言って下さるのです! 1:9から始まって、何度も「恐れるな」という言葉が出て来ます。 大事な事は、一回一回の経験を忘れずに、胸に刻む事です。そうすると次の試練が来た時、「大丈夫、今回も主は助けて下さる!」と信じて、なんとか乗り越える事が出来ます。
3.最後まで
23節“そして、その地に戦争はやんだ。” 私たちは死ぬまで、天国に行くまで「信仰の戦い」があります。クリスチャンの方の告別式に出席しますと、Ⅱテモテの御言がよく開かれます。パウロは自分の戦うべき信仰人生の戦いを「立派に戦い抜いた、自分の走るべき道のりを走り尽くした、信仰を守り通した」と言い切れるほど悔い無く歩んできました。私たちはどうでしょうか? 長い人生と言っても限られた時間です。地上の人生はやがて終わる。戦いは大変だけれどもやがて終わる。 ヨシュアは「恐れるな」と何度も励まされました。多くの場合、「恐れ」が戦うのを止めさせてしまいます。臆病者にしてしまう。 戦い方にも色々あるでしょうから、人と比べる必要はありません。自分の戦うべき戦いを戦ったらいいのです! 「よく戦った、自分なりに精一杯、やれるだけの事はやった。もはや悔いは無い」と言えるような、信仰人生を歩ませて頂きましょう!
