しきりに願うので
それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに 聖霊を与えてくださいます。
ルカ 11:13
1.ペンテコステ(聖霊降臨日)
今日の箇所は「祈り」について教えられています。父なる神様は与えてくださる お方ですが、与えられるため必要な事は「求める」という事です! どれだけ神様から与えられるか、それはどれくらい私たちが求めるかによります。 ではどういう時に強い求め、切実な求めが起きるか。「自分は持ってない。自分は乏しい」という欠乏感、無力感を痛切に思い知らされる時、「神様、与えてください!」という、強い求めが生まれてくると思います。
2.友に与えられるものが無い
一つの例えが5~6節にあります。この人はまさに自分の乏しさ、欠乏を感じて います。せっかく友達が来たのに、空腹で疲れている彼に与えられるものを自分は 何も持っていない! そういう事ありませんか? 皆さんの所に色んな悩みや問題 を抱えた友達がやってくる。人生の旅で疲れ果て、心が空腹だ。ところがその友に 与えるものが自分には何も無い。ああ自分にもっと強い信仰があれば、イエス様を 確信をもって紹介できるのに。 もっとみ言葉を心に蓄えていれば、必要なみ言葉 を語ってあげられるのに。もっと祈ってあげられるのに・・・。 でも思い出した「そうだ!私は何も持っていないけども、持っている人がいる。 あの人ならパンを豊かに持っているだろう」。 でもスグには与えてくれない。 “しかし、友だちのしつこさのゆえなら…”このしつこさは、愛ゆえのしつこさ です! 友を思うゆえに、あきらめない! ある意味、祈りは神様との格闘です。 1 回であきらめる求め方ではなく、しつこく。 口語訳だと「しきりに願うので」。
3.父は与えてくださる
ペンテコステの前の弟子たちもそうでした。自分たちの無力さ、弱さをとことん 思い知らされていたので、約束の聖霊様を必至になって祈り求めたのです! 14 節口語、「彼らはみな…心を合わせて、ひたすら祈りをしていた。」 イエス様を心に受け入れた人は、聖霊様は既に宿っています。ただ聖霊の助けを、力をあまり求めていないかも知れません。日々「しきりに願う」。天の父はしきり に求めてくる者に聖霊の力を豊かに与えて下さる、川のように。 約束ですから、必ず与えられるのです! 信じて、しきりに祈り求めて行きましょう!
