何を喜ぶのか
「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」
ルカ10:20
1.天の国へ
先週の火曜、愛する姉妹が天に召されました。その知らせを聞いて心に浮かんだ御言は“すべてのことには・・・時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。・・・神のなさることは、すべて時にかなって美しい。”(伝道3)でした。 先週は創立33年礼拝でしたが、メッセージの題は<恵みの歴史~御国に続く>とつけました。題の通り、教会の歩みは、皆で集まる御国につながっています。
2.神の国が近づいている
今日の箇所も主が予め備えておられたのでしょう。イエス様は弟子たちを色んな町や村に遣わし、「神の国があなたがたの近くに来ている」と伝えさせました。 イエス様は全ての人に上の句の野救いと平安を与えたい。でも受け入れる人と拒む人がいます。真理は強制も洗脳もしません。一人一人自分の意志で決めるのです。 “あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾け、あなたがたを拒む者は、 わたしを拒むのです。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒むのです。”
3.何を喜ぶか
さて、遣わされた弟子たちが喜んで帰ってきました。でも、何を喜んでいたかと言うと、イエス様から力をもらったので、悪霊が服従し、病気も癒す事が出来る、その力を与えられた事を喜びました。 でも、イエス様は「そんな事を喜ぶな」と言われました。案外、私たちは、実はとても小さい事で喜んでいる場合が多いかも知れません。自分にどれだけ力があるかとか、どれだけ成果をあげたとか。 4.姉妹の証し 召された姉妹が「感謝だ、感謝だ」と繰返し言われました。人間的に考えれば、治ったと思った病いが再発し、闘病の日々でなぜ感謝できるのかと思うでしょう。 けれども姉妹が感謝されていたのは、「私の名が天に書き記されている! イエス様のお陰で、私の罪は全て赦され、神の子どもとされている! そして私はこんなに愛されている! 家族が与えられている!」、そういった事ではないでしょうか。 私たちは目の前の小さな事で一喜一憂します。 でも姉妹は、主に感謝する事、救われた事を喜ぶこと、そして心から賛美すべき事を、私たちにメッセージとして残してくれたのではないでしょうか。 “「むしろ、あなたがたの名が天に記されていることを喜びなさい。」”(口語)
