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光を見る目

からだの明かりは目です。 あなたの目が健やかなら全身も明るく なりますが、目が悪いと、からだも暗くなります。

ルカ 11:34

1.光であるイエス様
 天気のいい日は散歩に行きたくなります。逆にどんなに明るく暖かい春の日射し が照らす日でも、もし窓もない部屋に閉じこもっているとしたら、暗いし、寒い。 今日の箇所で「明かり」という言葉が出てきます。ヨハネの福音書の方では多く の箇所でイエス様は「光」であると書かれています。きっと神様の目からこの地球 を見たら、スゴク真っ暗に見えるのかも知れません。そんな、罪と悲しみで真っ暗 なこの世界に、イエス様は「世の光」として来られたのです。 “すべての人を照らす真の光があって、世にきた。”(ヨハネ1:9 口語)

2.目は心の窓
 ところがこう言われています!“からだの明かりは目です。あなたの目が健やか なら全身も明るくなりますが、目が悪いと、からだも暗くなります。” 当たり前ですが、どんなに明るい光があっても、目をギュッと閉じると暗くなり ます。つまり「目」というのは、言わば、光を取り入れる体の「窓」なんですね。 どんなに明るい光があっても、目をふさぐだけで、自分は暗くなるのです。 イエス様はどういう意味で言われたのでしょう。 この目はイエス様という「光」 を見る目です。「心の目」「信仰の目」。イエス様は、私たちを明るく照らす「光」 として来られた。そのイエス様の光を、私たちが心の窓をあけて取り入れるなら、 部屋の中が明るくなるように、心に明るい光が射す訳です!ところがもし、心の目を頑なに閉じて信じる事をしないならば、どんなに明るい 光がそこにあっても、その光は自分の中に入ってこない、暗いままなのです。

3.澄んだ目で
 どうでしょうか、皆さんの心は明るいでしょうか?もしそうでないとするなら、 心の窓にシャッターやブラインドが下りているのではないでしょうか? あるいは 信じきれないで、不満や、怒りや、将来の恐れ、また悔い改めていない罪によって 信仰の目が曇っていて、光がよく心に入ってこないのでしょうか?“だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。”(35 節口語)

①罪をゆるされて歩む「義しい光」
②「愛の光」
③「希望の光」

 心の全体が明るくなるように、光の主を「澄んだ目」でいつも見つめましょう!

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