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わたしに帰れ!

わたしに帰れ。・・・そうすれば、わたしもあなたがたに帰る。

ハガイ 1:3

1.塩味が失われたら
 今日からしばらくゼカリヤ書を開きます。時代背景は前回のハガイ書と同じ頃で、ユダの民が70年間のバビロン捕囚から解放される、帰って来る、その時代です。いつも言いますように、本来イスラエル民族というのは真の神様に特別に選ばれ、真の神様を信じて、正しく歩んで、世界の祝福の基となるべき民族なのです。ところが、この世の罪の誘惑、周りの国の悪影響を受けてしまって、全然、神様に選ばれた聖なる民族という状態では無くなってしまった。他の周りの偶像を拝む外国人、異邦人となんら変らない生き方になってしまった。私たちクリスチャンも神様から先に選ばれた者です。それは周りの人々に対して「証し人」になるため。マタイ5:13、“あなたがたは、地の塩・・・世の光である。・・・もし塩の効き目が無くなったら、何によってその味が取り戻されようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけである。”(口語)そこで神様は彼らを悔い改めさせるため、バビロンをムチとして用いたのです。

2.懲らしめの後のあわれみ
 そうして彼らはバビロンの国に捕虜として連れて行かれてました。その一回目の捕囚(BC605年)から70年が経ちました。預言者ゼカリヤは一つの幻を見ました。7~13節、“いつまで、あなたはエルサレムとユダの町々に、あわれみを施されないのですか。あなたが憤られて七十年になります。・・・すると主は、私と話していた御使いに、恵みのことば、慰めのことばで答えられた。”神様は罪に対して厳しいお方であるけども、しかしまた憐れみ深いお方でもあります。また「ねんごろな(優しく丁寧な)慰め」(口語)を与えて下さるのです。そして再び神様が彼らの元に帰って来られる!神殿が建て直されるのです。“わたしは、憐みをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。”「慰める」とか「あわれむ」いう言葉が、繰り返し出てきます。

3.帰る備えを
 私たちが、天の故郷、天のエルサレムに帰る日も近づいています。主の前に、礼拝と信仰の修復を致しましょう!

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