クリスチャンの農作業
あなたがたは自分のために正義をまき、いつくしみの実を刈り取り、あなたがたの新田を耕せ。 今は主を求むべき時である。主は来て救を雨のように、あなたがたにふりそそがれる。
ホセア10:12(口語)
1.生焼けのパン
ホセア書はイスラエルの罪深さを責めると共に、そんなイスラエルをなお愛して回復を切に願う、神様の限りない愛が語られている書です。7:8 にはこう言われています。“エフライムは、片面しか焼けていないパンだ。”つまり心の片面にしか火が通っていないという事です。その人の半分しか、聖霊の火が通っていない、半分しかきよめられていない。半分しか信仰がない。片面は生のままである、という事です。私たちの信仰生活はどうでしょうか。
2.畑の子牛
もう一つの譬えを見ましょう。10:11、イスラエルは本来、神様と共に畑を耕す若い子牛のようなものである。「穀物を踏むことを好む」とある様に、神様のために働く事を喜んでいた。 ところがその子牛であるイスラエルが、何を耕していたかと言うと、13 節“あなたがたは悪を耕し、不正を刈り取り、偽りの実を食べた。”続きを口語訳で読みますと、今のイスラエルにも当てはまるような感じがします。“これはあなたがたが自分の戦車を頼み、勇士の多いことを頼んだためである。それゆえ、あなたがたの民の中に いくさの騒ぎが起り・・・”
3.蒔いた種を刈り取る
人間は誰でも、自分の蒔いた種を刈り取る訳です。人生にどういう種を蒔くか。心にどういう種を蒔くか。人生にどういう実を育て、どういう実を収穫するか。12 節(口語)“あなたがたは自分のために正義をまき、いつくしみの実を刈り取り、あなたがたの新田を耕せ。” あなたの心を柔らかく素直に耕し、正しさという種を蒔き、慈しみという実を刈り取りなさい、と。マタイ11:29“わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。” イエス様が正しい歩み方を教えて下さる。またこの箇所は、伝道について引用されます。どんなに固い地面のような人の心でも、祈り続ける事によって、しだいに柔らかく耕される。そして御言の種を蒔く。そこに天の恵みの雨が降れば、収穫の喜びがある!“今は主を求むべき時である。 主は来て救いを雨のように、あなたがたに降りそそがれる。
