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二倍、愛するため

食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。

ルカ15:23~24

1.お二人の召天者
 今日は召天者記念礼拝です。今年は教会関係の中でお二人の兄弟が天に召されました。お二人とも77歳で、お二人ともご自宅で急に、けれど静かに召されました。お二人のご召天を通して、イエス様が私たちに何かを語りかけておられるように思えてなりません。「だから目を覚ましていなさい。」という事でしょうか。

2.失ったものを見つける話
 今日の箇所ですが、有名な放蕩息子の話です。お父さんにとって大事な息子の一人が、家を飛び出していったままなんの連絡もない。大飢饉の中、もしかしたらどこかで飢え死にしたかも知れない・・・。お父さんは心配で生きた心地がしない。ところが何年も経って、その息子がボロボロの姿になって帰って来たっ。父親は走り寄って抱きしめ、言いました、“食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。”このお父さんの息子に対する愛情は、二倍になったのではないでしょうか。なぜなら今までは一緒にいる事が当たり前と思っていた。けれども、一度失った。もう二度と会えないかも知れない、死んだかも知れない。その息子が生きて帰って来た!再び会えた!その大切さ、愛情は、馬寄もっと大きくなったでしょう。

3.二倍、愛するため
 私は思ったんです。なぜ私たちは、愛する家族を失わなければならないのか?だって家族というのは、一緒に生きていくために家族になるんですから!それなのに、家族の誰かが居なくなるなんて、こんな悲しいことはありません。でもそれは、もう一度、再会するため!もう一度、家族が集まるため!一度失う事によって、その家族の存在の大切さが、失う前より、もっと分かる。自分にとって、無くてはならない大事な存在だったんだと、改めて気づく。そうしてもう一度、取り戻した時、前よりも、二倍愛するようになる。イエス様はそのために天国を造っているのでしょう。イエス様はずーっとそれを願ってる。一度失った迷子の羊を、もう一度取り戻そうとしている!そして皆が集まる所が「天国」です!もう二度と誰も失われない場所。その時には、お互いをもっと愛するようになっているでしょう。

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