何を愛するのか
世と、世の欲は過ぎ去ります。しかし、神のみこころを行う者は永遠に生き続けます。
Ⅰヨハネ2:17
1.神でなければ満たされない
この手紙のテーマは「父なる神様、またイエス様との親しい交わり」ですが、改めて考えますとスゴイ事だと思います。パスカルが言うように、神の形に造られた人間は、神様以外の、この世のどんなものを持ってしても、心は満足しない。神に似せて造られた人間の心を、この世の安っぽいもので満たそうとしてはいけないのです。けれども私たちは、しばしばそういう愚かな事をしている訳です。あなたがたは、そういう素晴らしい神様との交わりに入れられたという、スゴイ特権の中にいるんですよ、という事が、12~14節に書いてあります。“私があなたがたに書いているのは、初めからおられる方を、あなたがたが知るようになったからです。”
2.主との交わりを邪魔するもの、三つ
神様との恵みの交わりを邪魔するものが色々ある。それは一章にあったように
①まず「私たちの罪」
②二つ目は、前回見た「憎しみ」
③「世と世の欲」
“あなたは世も世にあるものも、愛してはいけません。もしだれかが世を愛しているなら、その人のうちに御父の愛はありません。”趣味を持つ事はいい事ですし、何か好きな事があるというのはいい事でしょう。けれども「好き」というレベルを超えて「愛してしまっている」、人生のエネルギーをそこに献げてしまっている・・・、イエス様なんて、礼拝なんてかなり後回し。人間の「心」の部屋というのは、ある意味スペースが小さいのです。幾つもの事を愛する事は出来ない。人は、二人の主人を持つ事は出来ないのです。
3.過ぎ去るものと、永遠のもの
16節、“すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢は、御父から出るものではなく、世から出るものだからです。”この世のものに心を奪われたら、愛してしまったら、イエス様を愛さなくなる、交わらなくなる。その結果、心の恵みが色あせていく。心が空しくなってくる。なぜなら、世のものは一時的に楽しくても、決して心を満足させないからです。“世と、世の欲は過ぎ去ります。しかし、神のみこころを行う者は永遠に生き続けます。”愛すべきは、主イエスと、そして一人一人の隣り人です。
