全ての苦しみを背負われた主
イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」・・・「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
マタイ27:46
1.体と心の苦しみ
イエス様は私たちの罪の罰を全て身代わりに受けて下さった訳ですけれが、言い換えれば、私たち人間が味わう全ての苦しみを受けられたとも言えると思います。①まず肉体的苦しみを味わって下さいました。一瞬で死ねる、苦しみ痛みの短い死刑の方法もあったでしょうが、苦しみの長い十字架刑で死なれました。②次に心の苦しみ、「孤独」です。イエス様は全ての人を愛して、救うために来られたのですが、皆から愛されるどころか、「十字架につけろ。殺せっ」と憎まれ、いじめられる、嘲られ、捨てられました。最も可愛がってきた弟子たちも、一番苦しい時に見捨て、他人のフリをされる。イエス様は孤独を味わいました。
2.霊の苦しみ
けれども、体の苦しみも心の孤独も、辛いけれども耐える事が出来たのです。それは父なる神の愛と、信頼があったからです。私たちでもそうでしょう。重い病気にかかる事もある。孤独になる事もある。辛いけれども、神様の愛があれば、苦しい中にも希望があり、なんとか乗り越えられる。けれども、その神様に見捨てられたら、一体どうすればいいのでしょうか?皆さんは「神様に見捨てられたっ」という思いをした事はないでしょうか?無いなら幸せです。けれども、イエス様はそれを味わった訳です。“イエスは大声で叫ばれた。・・・「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」”これは絶望の叫びです。この時、イエス様は、完全な暗闇を味わったのです。
3.主は寄り添われる
もしあなたが、本当に神に捨てられた、絶望だ、もう神も信仰も失った・・・そんな思いをもったとしても、まさにイエス様はその苦しみを知っておられる、という事です。私たちが味わう苦しみで、イエス様の知らないものは一つもないのです。そしてイエス様は、そのような叫びの後でも、父に全てをお任せする訳です。最後の叫びは、ルカ23:46に書かれています、“イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます。」こう言って息を引取られた。”全ての苦しみを味わってくださったイエス様は、こちらの信仰状態にかかわらず、いつも寄り添って、共にいてくださるのです。
