喜びの宗教
悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。
ネヘミヤ8:10
1.み言葉の朗読と解説エルサレムの神殿に続き、城壁も皆の一致協力と何より神様の助けによって完成しました。祈り献げておりました神学校の新校舎も、2月に完成したとの事です。ここでネヘミヤは、民に改めて神の言葉を読んで聞かせます。これは非常に大事です。なぜなら私たちの生活は、常にみ言葉に照らして生きるものだからです。“あなたの御言はわが足のともしび、わが道の光です”(詩篇119:105)8:1~8。
2.泣く民
そうして律法を読んでいるうちに皆が泣き出しました。9節。それは、いかに自分たちがこの神の教えに聞き従わないできたか、また先祖たちが神の言葉に背いて来たか、そのために国がボロボロになった事を思って、思わず泣き出したのです。確かに私たちは、聖書を読む時、また神様の前に出て、自分の心の汚さを思う時、いかに誰かを傷つけたかを思い出す時、本当に悲しくなります。それは大事です。しかし、いつまでも悲しんでいてはいけません。なぜなら、その一切の罪は、赦されているからです!人を悲しませた事、傷つけた事、誰より神様を悲しませた事も、神様に告白したなら、全て赦されたのです。だから、いつまでも悲しんでいてはいけない。悲しむよりもっと、赦された事を喜ぶべきです。イスラエルの民は確かに罪を犯して来た。しかし今その懲らしめから解放され、神殿も城壁も建て直されたという事は、神様が罪を赦し、新しくしてくださったという事です!だからこの日は悲しむべき日ではない!いや、まさに赦してくださった主を喜ぶ日なのです。10節。“今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶ事は、あなたがたの力だからだ。”
3.喜びの宗教
キリスト教は、喜びの宗教です!人間にとって一番悲しい筈の告別式の時でさえ、涙の中にも喜びがある。それは天国の喜び、神様に永遠の命を与えられ、愛され生かされている喜びがあるからです。勿論、苦しみは通るでしょう。しかしその苦しみ悲しみは、必ず喜びに変わります。神様が私たちに望んでおられる事は、主を喜ぶことです!兄弟姉妹と一緒に。そして未来には、最善の事をして下さるハッピーエンドを信じて、希望をもって喜ぶ事です。
