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堕落と改革

今、あなたがたの父祖の神、主に告白して、そのみむねにかなったことを しなさい。この地の民、異国人の女たちから離れなさい。

エズラ 10:11

1.二回目の帰還
 紀元前536年ごろ、バビロンに捕らわれの身であったイスラエルの民は、神様のゆるしによって解放され、エルサレムに帰れる事になりました。前回は、敵の妨害で中断したけれども、もう一度立ち上がり、見事、神殿が再建された場面でした。それから約60年ほど経ち、町も少しずつ復興し、エズラの指揮の元、残りの民も帰る事になりました。エズラの役目は彼らを連れ帰るだけでなく、もう一度、神の言葉・律法を教える事でした。7:11~14、25~28。

2.呆然とするエズラ
 そこでエズラは、民の信仰状態・生活状態を調べさせました。恐らくエズラは、いい報告を期待したでしょう。神殿も建て直されたし、信仰的にやり治そうと決心した訳ですから。ところがつかさ達の報告は予想と全然違い、悪い報告でした。9:1~4、“異国の忌み嫌うべき習慣と縁を絶つことなく、かえって彼らも息子たちも、これらの国々の娘を妻にし、聖なる種族がもろもろの地の民と混じり合ってしまいました。しかも、指導者たち、代表者たちがこの不信の罪の張本人なのです。”エズラは驚きあきれ、あまりのショックにその場に座り込んでしまいました。

3.聖別
 エズラは泣いて、とりなしの祈りをします、9:5~15。一人の人がこう言います、10:2~4“しかし、このことについてイスラエルには今なお望みがあります。”またもや堕落し始めたこの民が救われるためには、偶像を拝む家族を追い出す事だと言うのです。今の私たちから見れば、随分厳しい事のように思えます。しかし基本原則は一緒です。私たちのうちに、自分を堕落させる何かの毒があるなら、それを取り除いて聖別される必要があるのです。そうしないと、やがてその毒が広がって、その人を神様から離れさせてしまうのです。“だから今、あなたがたの父祖の神、主に告白して、そのみむねにかなった事をしなさい。”お互いの内に、聖別されるべきものはないでしょうか。何でもかんでも捨てろと言うのではありません。しかし「これは私の信仰を堕落させるもの、神様に喜ばれないもの、神様から離れさせるものだ」というものなら、捨てねばなりません。もっと素晴らしい祝福を戴くために実行の伴った悔い改めをさせて戴きましょう。

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