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主の来臨が近づいているから

あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主が来られる時が近づいているからです。

ヤコブ5:8

1.警告・・・世に仕える者へ
 イエス様がこの世の終わりに再び来られる日を目指しつつ、私たちは心を備え、また生活を整えておかねばならない訳ですが、この5章前半にそのための「警告」と「励まし」が記されています。5:1~6。 富んでいる者に対して。その富や豊かさのゆえに、心が神様から離れている者への警告です。 日本も貧富の差が開いて来ているとはいえ、その日の食事にも事欠くような国の人たちに比べるなら、豊かだと言えるでしょう。「富んでいる人たちよ」という呼びかけは、私たちも耳を傾ける必要があります。この世の富は朽ち果てる物です。それなのに、“あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている。”(口語)“自分の心を太らせました。” 生活の贅肉、それはすなわち、心の贅肉だと言うのです。キリスト教は禁欲主義ではありませんが、「自制」「慎み」を教えます。 「欲」というものは果てしがありません。いくらでも欲しくなるのです。イエス様は“誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。”と言われました。祈って聖霊様に助けを仰ぐ以外、勝てません。Iテモテ 6:6~10。

2.励まし・・・主に仕える者へ
 次に、主に仕えていこうとしている者への励ましです。7節、“主が来られる時まで耐え忍びなさい。・・・” 農業というのは非常に忍耐のいる仕事だと思います。自然を相手にする訳ですから。 イエス様に最後まで従い続けようという事も、忍耐のいる事だと実感します。 農業が、天候を待つ忍耐なら、信仰は、神様を、イエス様をひたすら待つ忍耐です。 けれども投げ出さずに、苦しい時も忍耐して、主に仕え続けている時、必ず恵みの雨が降って、収穫があるのです。そしてイエス様が来臨された時、「良い忠実な僕よ、よくやった」と、報いをくださる。 逆にこの世にドップリ浸かっていた者は、「悪い怠惰な僕よ」と言われる。そのようにイエス様は、それぞれ裁きをなさるために、間もなく来られるのです。8~9節、“あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主が来られる時が近づいているからです。・・・見なさい。さばきを行う方が戸口のところに立っておられます。

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