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小さな祈り

ぶどう酒がなくなると、母はイエスに向かって「ぶどう酒がありません」と言った。

ヨハネ2:3

1.イエス様がそこにいるか
 今時はクリスチャンでなくてもキリスト教式で結婚式をされる方が殆どですが、いつも思わされる事は「十字架は飾りじゃない」という事。これから始まる夫婦の歩みの真ん中に、イエス様にいて頂かなければ、十字架を置かなければ、本当に愛し合い続け、赦し合い続ける、夫婦の歩みはできません。“ガリラヤのカナで婚礼があり、そこにイエスの母がいた。イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれていた。”幸いにも、イエス様がそこにいる結婚式でした。ところが祝宴にかかせない葡萄酒が底をついてしまった。人生にはこのように想定外のピンチが起こってきます。大事な事は、そこにイエス様がいるかどうか。

2.小さな祈り
 3節。“母はイエスに向かって「ぶどう酒がありません」と言った。”ここを読みながら「おいおいマリヤさん。そんな事わざわざイエス様に頼むなよ」と思いました。イエス様もこう言われた、4節。“わたしの時はまだ来ていません。”「わたしの時」とはイエス様が最大の使命、つまり十字架の「時」。そのためにイエス様は来て下さったのです。葡萄酒を補充するためではありません。でも実はマリヤさんもその事は承知していたでしょう。でもだからこそ、マリヤさんにはイエス様に対する信頼がありました。自分たちを愛して、最も尊いもの、最も必要なもの、永遠の命さえ与えて下さろうというイエス様は、今この目の前の小さな必要さえ、満たして下さらない筈は無い!そういう信頼があった。私たちには「永遠の命」も勿論、絶対に必要だけれども、日々の糧も必要です。イエス様は私たちの小さな日常の必要もよくご存知で、求めに答えて下さいます。

3.主に信頼する
 最後に大事なこと。マリヤさんは求めただけ、祈っただけじゃない!5節。“母は給仕の者たちに言った。「あの方が言われることは、何でもしてください。」”イエス様が「このようにしなさい」と言われたなら何でもお言葉どおりにしよう、従おうという姿勢です!自分の願いを祈っても、その後、御言に聞こう、従おうという姿勢が無いなら、主のみ業は現れない。奇跡は起きない。5~11節。イエス様の愛と言葉に信頼して生きる、これがクリスチャンの人生です!

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