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聖霊が実を結ばせる

御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。

ガラテヤ 5:22~23

1.自由にされた
 ガラテヤ書がずっと語っているのは「私たちは、十字架・復活で罪の赦しと救いの道を開いてくださったイエス様を信じる事で救われるのだ」という事です。5:1、“キリストは、自由を得させるために私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは堅く立って、再び奴隷のくびきを負わされないようにしなさい。” イエス様は私たちを、罪から解放し、死から解放し、律法の縛りからも解放して下さった! ただ、命であるイエス様につながってさえいればいい!

2.自由だからこそ
 5:13、“兄弟たち。あなたがたは自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕え合いなさい。”けれども、せっかく解放されたその自由を、罪のため、欲望のために使ったら、救われた意味がない。その自由を、愛のために生かしなさい、と勧める訳です。神様の戒め・教えというものを、地獄に落とされるのが怖いからと言って、義務的に、喜びもなく、形だけおこなっても全然意味がない。 そこで神様は私たちを、死の恐怖や縛られる事から解放して、自由にして、そして自主的に、喜んで、御心を行う者になって欲しい・・・これが神様の願いなのです。

3.聖霊が実を結ばせる
 では、その神の戒めの内容とは、一言で言うと何でしょうか。13、14 節。“律法全体は、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」という一つのことばで全うされるのです。” 要は「愛しなさい」、それだけです。「誰かを愛する」という事は、義務的・強制的に出来るでしょうか? 命令されて愛せるでしょうか? しかし神様は、自由になった私たちに、聖霊様によって自然に、出来るようにして下さるのです! 16 節“御霊によって歩みなさい。”聖霊様は私たちの「頭」にではなく、「心」に神様の戒めを教えて下さるのです。22 節、“御霊の実は、 愛” イエス様にしっかり結びついて、御霊に導かれる時に、自然と愛の実が結ばれて来ます。自発的だから、喜び、平安があります。このように、イエス様を信じる事によって自由の身とされた者が、御霊に導かれる時に、初めて神の愛の教え・戒めを、本当の意味で行える者となるのです。

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